ゴールに踏み込むことはいつか可能

1mmでも進んでいれば、いつかゴールに踏み込める。続けていれば、いつかは・・・。とりあえず何かしてみよう、そんな思いから始めたブログです。

飲まない飲めない人には悪夢でしかない。

今週のお題「家飲み」

そもそも飲みたいと思いません。

それよりももっと強く飲みたくないと思っています。

読まれるブログは、携帯スマホを意識して

 

こまめに改行が良いそうなので、

今回はそれを意識して書いてみます。

 

「家飲み」

私はお酒がおいしいと思わないし、飲みたいと思いません。

酔えば気持ち良いという人もいるけど、

酔っている間に何かしでかしたらと

 考えると、楽しく酔えません。

むしろ

酔っている間に何かしでかしたらと

考えると、アルコールを喉に流し込むのが苦痛です。

 

非専門家の自己分析

 酔っている間に何かしでかしたらと

考えると酔いたくない強迫観念にも似たものが出てくるのは、

専門家でも無い私の自己分析だと

原因は、たぶん小学校のころにまでさかのぼります。

 

小学校のころ、

人の(主に私など反論をあまりしない子の)失敗を過去にまでさかのぼり

何度も繰り返し本人がいる場所で周りにそれを笑い話として話す子がいました。

私はこれが嫌でしょうがなかったのです。

やめてくれと頼んだけれど、私が対象になることが増えたと私は思います。

 

そして今

飲みにケーションの席で、

私の話を誇張して、面白い話にするためか

理由や回数などの大事なところは隠して話す酔っ払いがいます。

これにより私が1回だけやってしまった話が、

いつの間にか、普通はやらないことを、

私は好んで毎回やらないと気が済まない人間という話になっています。

 

酔っぱらいは子供と同じです。

あの話は、止めてくれと頼むと、

次の飲みにケーションでは悪化しました。

後から、酒が入っていたんだ許せ

と言われても許す気にはなりません。

 

自分に対してやって欲しくないことを

人に対してやることができるなら

飲めるのかもしれません。

 

でも、飲まない飲めない人は、一人でも飲まないし

「家飲み」もしないと思います。

 

結論

少なくとも私は「家飲み」もしません。